短編小説/ショートショート

ナイフを持った手が震えていた。
ぎらついた赤い色が、自分を責めているようだ。
だって、こうでもしなければ。
私はとある男に監禁されていた。
見ためのいい、優しい男だった。
しかし、あるときから、男は豹変した。
機嫌の悪い時は暴力を、良い時はまるで子供のように。
どちらが本物の彼か分からないまま、ずるずると付き合い続けた。
彼は私の全てを拘束していた。
着る物から日々の予定、揚げ句、トイレの時間すらも。
嫌だった。
けれど、逆らえば殴られる。
私は逃げられなかった。
彼の口癖はいつも
「お前のためなんだ」
痣だらけの私を見つめて、どうしてソンナコトを言うのだろう。
果てた彼の側にナイフを置き、私は服を着替えた。
腕や首にくっつけられていた透明の柔らかい鎖を外し、淡い水色の、何の飾りもない服を脱ぎ捨てる。
肌触りの不思議な、それは素晴らしい装飾を施された服に着替える。
そう、これが着たかったの。
女ですもの。
棚の奥にしまわれていた化粧ポーチを取り出す。私が先程まで横たわっていたベットに腰掛け、鼻唄を歌いながらファンデーションを叩く。
アイライナーもきっちりと、引いた。
そう、これがやりたかったの。
女ですもの。
足元には、赤黒く染まりゆく遺体。
知らないわ、もう。
私はこの白い部屋の檻から出られるのだから。
颯爽と扉を開け、廊下を出る。
白くて飾り気のない服を着た女性達に呼び止められたが、知らないふりをした。
彼女らは私に嫉妬してるの。
ただそれだけ。
自由への扉を開き、私は走り出した。

2006-12-19

少年と猫

誰も知りませんでした。
少年は猫の頭を撫でる。
かの場所は、こんなにも寂しい事を。
少年は猫を抱きしめる。
彼は、一人暗闇の中。
少年は猫と座り込む。
オモイデをただ壁に見て、幸せを噛む。
少年は猫の前足を握る。
押し出された、幸せな記憶はもう尽きた。
少年は猫の額に頬を寄せる。
入口など初めから無いような暗闇を見つめる。
少年は猫を抱きしめる。
かすかに聞こえる音。
少年は猫を抱きしめる。
ラジオでいつか聞いた、古い曲。
少年は猫を抱きしめる。
だれかに救いを求める事は罪だと思い込む彼。
少年は猫の鳴き声に気付いた。
しらないだろう、神すらも。
少年は猫と眠る。
ての届かない暗闇は、ただただ冷たい。

2006-12-15

質問。

さて、皆様。
このような事を考えた事はございませんか。
アナタという存在、何処にいらっしゃいます?
あ、いや、
ごろごろと自室のベッドでくつろいでいるよ、とか、
今居る場所ではございません。
次元、の話です。
アナタ、ちゃんと自分で思考してますか?
自分の意志で動いています?
実は別次元の誰かが書いたストーリー上の人物であるとか、
そんなことありません?
アナタがソコで、存在している、証明は出来ますか?
あぁ、ワタシ?
ワタシはもちろんできますよ。
だって、こうやって文字の上でアナタに話し掛けていますから、
ワタシは文字の上にしか存在しておりませんよ。
正確に言えば、各駅停車に乗ったとある人間が、携帯電話のメール機能で暇潰しに書きはじめた文章の上の存在です。
さて、皆様。
アナタが何処に存在しているか、お答えください。

2006-12-15

カランからん

ガタンゴトン
からカラからん
右に左に音たてて
僕はリノリウムの床に寝そべって
床の下から聞こえる音に流される
ガタンがたんゴトン
からんカランからん
乾いた音で床を這う
見上げれば
天井からまぁるい輪っかが幾本も吊り下がり
右に左に揺れている
ガタンゴトン
カランからん
僕は何処に行くのだろう
空っぽの僕は
たまに蹴られて飛んでいく
何かを保管するモノだったはずだけど
もう忘れちゃった
がたんゴトンがたん
からカラから
僕の理由なんて
忘れた時点で無いだろう
だったら
この箱の端まで
行く事くらいはやってみたいな
あれ?
目の前の壁が横に動く
冷たい
コレは風
知ってる
壁の向こうは
*****
右に左にからカラから
がたゴト揺れる電車の中
誰かが捨てたフィルムケース
軽い音が車内に響く
空っぽなのだろう
じゃあ、僕と同じだ
狭い世界で左右にもがき
少しずつだけど
車両の後方から先頭へ移動している
どうやら、同じじゃないようだ
誰かに蹴られて
ドアの前
降りるついでに足先で
外に出そうな彼を内に戻す
彼のキモチは分からない
ただ
何となく
彼には終点まで行ってほしいな

何となく

2006-12-15

白い悪魔

悪魔が黒いって、
誰が決めたんでしょうね。
白い悪魔っているんですよ。知ってます?
それはたしか60年くらい前のそれはそれは暑い夏の頃に、
小さな島国を二匹の白い悪魔が襲った事があるそうですよ。
その後はみんな白い悪魔を恐れて、
または脅威として手なずけて、
共存してるのですって。
あぁ怖い。
あぁ怖い。
白い悪魔の方が、よほど怖いったらありゃしない。

2006-12-07

歩道橋

足の下で音がする。
車の行き交う音がする。
空気がピリピリと肌を撫でる。吐く息は白くて、夜の闇に消えていく。
僕は柵越しに見える、車達を見ていた。
赤いテールランプと眩しく光るヘッドライトの道が続いている。
この道の先に何があるのだろう。
僕はただ疲れていて、考えることが億劫で、光の道を見ながらそんなことを考えた。
あぁ、そうか。あいつもそんな気持ちだったのか。
僕より一足先に行ったあいつの気持ちが今ならよく分かる。
三ヵ月前、僕の携帯にメールが入った。
【疲れたんだ】
一言だけのメール。
意味が分からなくて、電話したら繋がらなかった。
次の日、あいつが死んだことを知った。
何不自由なく生きてきたはずなのに。あいつは疲れたから死を選んだ。
疲れたから死ぬなんて、馬鹿じゃないかと思った。
同時に、引き止められなかった自分も馬鹿だと思った。
でも、別にあいつはそんなに思い詰めたわけでもなく、なんとなく疲れたんだ。
僕も、疲れた。
ただ漠然と、疲れた。
ここに立って、流れる車を見ていると、自分だけ取り残された気分になった。
世間は早い。
追い付けなくて、追い付くのが面倒で、孤独になって。
なんだか、疲れた。
僕はいつのまにか柵によじ登っていた。
ただ、この疲れた感じから解放されたくなっただけ。
あいつもきっとそうだったんだ。
この倦怠感を払拭したくて、藻掻いて。
誰かに一言だけ、伝えたくなった。あいつもそんな気持ちで俺にメールしたんだろう。
でも俺はやめといた。
伝えられた人間がどうするのか、どんな気持ちで、どんなに気に留めないか、一度伝えられた自分がよく知っている。
柵の上に立った。夜なのにどこまでも明るい。
此処に休む場所はない。
此処に立ち止まれる場所はない。
そう思った。
そして、僕は飛んだ。

2006-12-07

not always same

ついこの間、ペンギンの友人が遊びに来たので、前々から疑問に思っていたコトを聞いてみたんです。
「南の最果てに住む君よ、どうして君達は鳥類のくせに空を飛べないんだい」
すると友人は物凄い勢いで怒り始めた。
「何を失敬な。ワタシたちはしっかり空を飛んで此処に来たというのに」
びっくりして言い返してやりました。
「そんなに細くて小さい羽で、広大な大空を飛べるものですか」
すると友人は、
「何を言ってる。この羽だからこそ、大空を悠々と渡れると言うのに!」
「羽ばたいたところで、君は指先ほども浮きやしない」
「此処が陸地だからさ。当たり前じゃないか」
「それでは空を自由に動けないでしょう」
「空では動けるのさ」
こんな感じで、話はひたすら平行線のままで、疑問は解決しませんでした。
けれど彼いわく、ペンギンは空を飛ぶのだそうですよ。

2006-12-07

誰だってそうなのです。

平日の昼下がり、男は公園のベンチでうなだれていた。
「とんだ失敗をしちゃったなぁ…」
一人呟いては、溜息を吐き出す。
会社のお得意さまの所で大失態をかました彼は、会社に戻れば上司にこっぴどく叱られる運命だ。
ベンチの端に目線を遣ると、白と黒のブチ猫が気持ちよさげ昼寝をしていた。
「…猫はいいよな、のんびり出来てさ」
すると、猫がぴくんと耳を動かして、男の方を見た。
「何言ってんのサ。猫だってこう見えて大変なんだぜ」
猫がそう言った。
すると男は反論する。
「どこが大変なんだい。毎日毎日ごろごろ眠って、餌だって猫好きな人間からはいくらでも貰えて、楽じゃないか」
すると、猫は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「どこが楽なもんか。野良は毎日喰うもん探して三千里、縄張りだって守る為には血を流す。好きなヤツに求愛する時なんて、たいがい別の雄との争奪戦。家猫は飼い主のご機嫌とりに大忙しで、飼い主が忘れたら飯だって食えない。それに、すぐ去勢されちまうから、好きなヤツが出来ても仔は孕めない」
そう言い切ると、猫はふあぁと欠伸をした。
「その点、人間ってのはいいよな。だいたいが話し合いで解決するし、そこそこ頑張ってれば、衣食住は保証されんだろ?常に命懸けな俺達からすりゃ羨ましい話だぜ」
それを聞いて、男はぽつんと呟く。
「なるほど、他人の芝生は青いわけか」
男の呟きを聞いているのかいないのか、猫はふあぁと欠伸を一つ、昼寝の続き。

2006-12-07

薬屋

僕は、平凡な町の平凡な商店街の片隅で、薬屋をやっている。
僕の店には毎日、そんなに多くはないけれどお客さんが足を運んでくれる。
市販の薬も売れたけど、薬剤師の僕が作った薬もそれなりに評判で、僕の作った薬の方がいいと言ってくれる人もいる。ありがたいことだ。
ある、暇な日の昼下がり、ピィーンポォーンと店のドアのチャイムがなった。お客さんだ。顔を上げると女子高生が立っていた。
棚に視線をぐるっと巡らせてから、僕を視た。
「何か、捜し物?」
「……」
彼女は僕をじっと視た。僕も彼女をまじまじと視た。よく視ると、彼女は傷だらけ。制服も何だか汚れているし、それに何より、胸元のリボンがズタズタになっていた。
「ひどい怪我だね。こっちにおいで、手当てをしよう」
転んだ、わけではなさそうだ。転んだくらいで背中に切り傷など出来ない。
何となく、察しがつく。
今の彼女にとって、この世はきっと地獄なのだろう。そんな気がする。
手当てが済んだものの、沈黙がしばらく続いた。
それを破ったのは、彼女の声。
「お兄さん、薬剤師さんですよね?薬、作ってもらえませんか」
「薬、ですか?」
「楽に死ねる、薬を作ってください」
あまりに必死な彼女の様子に、承諾してしまった僕は自分の調合メモのノートを捲った。
市販のよりも効く鼠退治のクスリとか、飲みやすい胃薬とか、思い付いた調合を普段からメモするのが癖だった。
そして、かつて僕は一度だけ安楽死の為の薬を、考えたことがあった。誰かが引っ越しの為に飼っていた犬を処分しなきゃだという話をしていた時だ。
安楽死の薬があったら…。
安易な考えでノートにペンを走らせた。書き終わってから、僕はなんて物を考え付いたのだろうと自分が恐ろしかった。
けれど。
今それが役に立とうとしている。僕はただその喜びにうち震えて、薬を作りはじめた。
ただ、その喜びを満たすために、夢中になった。
一時間後、僕は彼女の前に立った。そして、彼女に一つの薬包みを渡した。白いさらさらの粉が入った、紙の包みだ。
「どうしようもなくなったら、使うんだよ?」
彼女は深々と頭を下げて、それから薬を大事そうに握り締めて、帰っていった。
翌朝、僕は新聞を必死になって捲った。
彼女はあの薬を飲んだのか、飲んだとしてどうなったか、僕は知りたかった。
次の日も、そのまた次の日も、記事を探した。いつしかそれは僕の日課になった。
記事は今だに見つけられない。けれどそれでいい。
それでいい。

2006-12-04

血液型はA型

一本一本丁寧に、彼は縦線を引いていた。
几帳面に。等間隔に。
今度は一本一本丁寧に、彼は横線を引いていた。
几帳面に。等間隔に。
それを見ていた父親が彼に言った。
「なんだいこれは。
 味気ない上に人情味に欠ける区切り方だなぁ」
すると彼はこう言った。
「父さんのは雑って言うんだよ。
 こっちの方が管理しやすいだろう?」
そう言って、彼は区切った土地に、人間達を置いていった。
最近代替わりしたらしい神様は、どうやらA型らしい。

2006-12-04

黒い羊小屋

二次創作では「くろひつじ」名義で活動しています。

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