りんご箱

短編小説読みきり

 テストが終わって、二週間ほど経てば、冬休みだ。
 冬休みになっても、お母さんは勉強しろなんて言わないだろう。
 勉強すれば、イジメられるから。
 私の好きなようにしろって、言ってくれたもの。
 私は赤いコートに白と茶の縞々のマフラーをして、茶色の手袋をつけていた。頭は白の毛糸のウサギさん帽子。
 私の他に、だあれもいない。
 空はどんよりと曇って、雪でも降ってきそうな気配。吐く息が白くて、綿アメみたい。
 私は小さくて古いブランコを、きぃきぃ揺らしながら、綿アメの息を、吐いては眺め、消えればまた吐いて、と、そんなコトを繰り返していた。と、その時。
「こんな所で、何をしている」
 森山先生だった。黒を基調にした服装は、三十路前のおじさんに良く似合う。
「家に帰って、勉強しなさい」
 森山先生はしかめっ面だった。
「私に、またイジメられろってゆーんですか?」
「そう言ってるんじゃない。お前が何と言おうと、お前は、うちの学校の生徒。…評判が下がるだろう?」
 私の評判?そんなモノ、とっくに「不良」の太鼓判。
 そう思い、私は薄く笑って言った。試す、つもりで。
「どっちの…ですか?」
 先生は、うっと言葉に詰まって答えない。
 …私ジャナイ…
 私の中の誰かが言った。
 うん、そうだと思う。認める。
 そう思った、次の瞬間、私は、自分でもどうやったのか分からないけど、とにかく、森山先生の首を、太くて短いマフラーで、絞めていた。
 ぷっつん、て、私の中の何かが、きっと、切れたんだ。でも、意外。キレたら、理性なんて吹っ飛んじゃうもんだと思っていたのに、冷静でいられた。そして、素直に、自分の気持ちを口にしていた。
「先生は、嘘つきだ。先生が言ってた『イジメた奴らを見返そう』ってヤツ、嘘なんでしょ?正直言うとね、私、半分は信じてたよ、先生のこと。本当、『見返せるかも』って。…でも、やっぱ嘘なんだ。有名な高校に合格した人がいれば、学校の評判が上がる…。だから、行ってほしいんでしょ?勉強させたいんでしょ?私なんかの為じゃない…。学校の、ひいては自分の地位の為…!」
 私は、マフラーで締め付ける力を徐々に強くしていった。不思議な興奮と、狂気。
「ゆ…ゆいは…な…にを…!」
 先生の首に、ぐいぐいと食い込んでいく、いっぱいに引っ張られたマフラー。先生はそれを解こうと、一生懸命藻掻いている。
 私はテニス部だったから、腕と足には自信がある。
「先生、私はクラスにとって、腐ったりんごなんだって。周りの人をダメにする、元凶なんだって。クラスっていうりんご箱の中では、私は取り除かれるべき存在なんだって」
「ぐあぁ…!」
 先生は口の端から泡を零し始めた。弾力性、伸縮性のあるマフラーは、解けそうで解けない。手で掴むことは出来る。小さな希望を与えられる。でも、締め上げる毎に指は希望を奪われる。
「でもね、先生。私の見てる世界にとって、腐ったりんごは先生達なんだ。私をダメにしようとする、腐ったりんご。私にとってね。…クラスメートもそう。私をイジメテタ奴らも。全員、私にとって、腐ったりんご。私の心を殺そうとするんだもん」
 先生の目には、死神になった私の姿が、きっと映ってる。そんな私に気を取られ過ぎて、必死になりすぎて、自分で自分の首を、血が滲むまで引っ掻いていることに気付かない。バカだね。
「だったら、殺される前に殺してやる。取り除いたもん勝ちだよ。違うかなぁ?」
 私は不思議なくらい、これを愉しんでた。
 後ちょっと。後ちょっとで、殺せるんだ。
 気分はさながら、野生の狼。
 不思議だね。
 怒りって、通り越すと冷静さをくれるんだ。
「さよなら、先生」
 私は、帰り際に放つ言葉のように、そう言った。そして、ぎゅううっと、力一杯、締め上げた。毛糸は最大限に伸びきって、今にも千切れそうな程、先生の首にぴったりとくっついていたから、最期はそれだけで、充分だった。
 不意に手を離す。身体中の力も、命の灯も、全てを失った先生の身体は、崩れるように、倒れた。口の端から、潰されちゃったカニみたいに、情けない泡を吹いて、それ以上開いたら、眼球が落っこちるんじゃないかと思うくらいの瞳は、明後日の方向を見ていた。
 私の中に、罪悪感とかいうものは、存在していなかった。むしろ、達成感みたいなモノが溢れてて、ヤッタァー!なんて言葉が、口から出てきそうだった。
 連続殺人の犯人って、こんな気持ちを味わってるんだ。
 少し、羨ましい。
 その時、曇っていた空から、雪が降ってきた。
 ふわふわと、偽善的に、それでいて綺麗に。
 優しく、優しく舞い降りる雪は、先生の、魂の抜けちゃった身体にも、薄く、積もり始める。
 …かーえろ。
 すっきりした気分で、回れ右。

2006-12-17

黒い羊小屋

二次創作では「くろひつじ」名義で活動しています。

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