りんご箱

短編小説読みきり

 私は、森山先生の身体から、マフラーを拾い上げると、気温が下がってきたので、家路を急いだ。先生の遺体は、勿論そのまま。こんな寒い中、あんな重たいモノ背負って歩こうなんて、思わないよ。マフラーだって、先生の血が付いたり、伸びてべろんべろんになってたけど、証拠隠滅しなきゃだし、我慢して首に巻いたんだから。
 私の吐く息よりも、白くて綺麗で、偽善の塊の雪が、灰色の空から降ってくる。
 先生の餞にはちょうどいいね。
 家に帰ると、お母さんが少し傷んだりんごの皮を剥いていた。
「何してんの?」
「あら、志乃。もうすぐ、りんごの皮が剥けるから、お皿出して」
「そのりんご、傷んでるじゃん。捨てないの?」
 私はガラスの皿を出しながら、訊ねた。
「へーきよ。少しだけだから。それに、傷んでるところを取り除いちゃえば、大丈夫」
 お母さんは、包丁の柄に近い、角の部分で、傷んでた所を上手に取り除いた。
「はい、どーぞ」
 ちょっとデコボコして、形は悪いけど、皿に盛られたりんごはそれなりに、おいしそうだった。
「いただきます」
 お母さんも私も、一個ずつ、口に運んだ。傷んでないりんごより、ちょっと酸っぱい気がした。
「ちょっと酸っぱくない?」
「そうね」
 お母さんは苦笑いしながら、食べられないことはないでしょ、と続けた。
 うん、食べられないことは、ない。確かに。
 甘酸っぱくて、どちらかと言えば酸っぱい方が好きな私には、ちょうど良いかも。
 その時、私は勿体ないことをしたな、と思った。
 森山先生のことだ。
 殺すのは、ちょっと可哀相だったかもしれない。
 この時、本当に少しだけど、罪悪感が生まれた。すぐ、消えちゃったけどね。
 結構良いことも言う人だったし、惜しいことをしたかもしれない。ゴミ箱に投げちゃう前に、腐りきってるのか、そうでないのか、見ておく必要があったようだ。
 だが、今更だし、考えるのはやめよう。
 …あ。明日から大変かも。
 不意に明日からのことを想像して、ぼんやりそう思った。
 そして、私は2個目のりんごに手を伸ばした。

 一週間くらい経って、学校はようやく落ち着きを取り戻した。それでもまだ、すすり泣く声が絶えないのは、あまりに突然なコトだったからだろう。
『中学教師が絞殺死体で発見』
 そんな見出しを掲げられて、森山先生のことが世間に知れたのは、私が先生を殺した日の夜のこと。夕方頃、現場の公園に遊びに来た小学生数名に発見されたという。
 私は、ニュースでこのことに関して、的外れな見解で語る人達を見るにつけ、身の安全を得ていることに喜ぶ。無能な大人達が、真面目な顔で、的外れのことを言っているのだ。愉しくないはずは、ない。
 だが、学校に行くのは愉快なようで、不愉快なようで、よく分からない。
 特に、クラスの女子達がメソメソと泣くのを見ていると、まるで仲間意識を保つため、ブリッコを演じるためのようで、実に不愉快だ。
 未琴も、そんな変な生き物達の類なのか、私のクラスに来る度に、哀しそうな表情をする。私は唯一の類らしく、明るくなった。
 くだらない授業ばかりだったのに、森山先生の死後、授業で犯人像について語る先生達が増えたから。相変わらず的外れな意見に、私はいつも、腹の底で大笑いしていた。
 そのことを未琴に言ったら、怖いよ、と言われた。
 未琴は私が犯人だってことを知らない。だから、先生達が真面目に話をしているのを、バカにするのは、普通じゃない。怖い、と言うのだ。
 普通の人から見たら、怖いよね。

***

 2週間の冬休みは、あっという間に終わってしまい、三学期になった。
 副担任だった荒川先生が、三学期から担任になり、みんな心機一転、受験に向けて、ラストスパートをかけ始めた。
 そんな人達とは無関係の私だったが、荒川先生が担任になり、私にあった道を、親身になって考えてくれ、やっと道を見つけたので、それに向けてスパートをかけることにしたのだ。
 嘘もつかないし、押しつけるような言い方もしない。誰よりも私の気持ちを尊重してくれる。テニス部の顧問で、私のことをよく知っていた、と言うこともあるけど、ホントにいい先生なのだ、荒川先生は。
 目標を見つけた私は、熊ヶ谷先生も驚く、真面目な生徒になっていた。私としては、それほど変わったつもりはなかったけど、熊ヶ谷先生も満足するような生徒に豹変していたらしいことは、事実のようだ。でも、いきなり真面目に戻すのは難しく、そのことで、時々、先生達に怒られるけど。
 今、私は、とにかく充実している。
 難しいことに挑戦しているから。
 難しいことほど燃えるタイプで、良かったな、とつくづく思う。
 私がいきなり真面目になると同時、もう一人、豹変した人もいた。
 未琴だ。
 彼女は、私に対して、これっぽちも友情を持っていなかったのだ。そのことを、私は遂に知ることとなった。私は、それなりに友情らしきモノはある、と思っていたのだが、裏切られたようだ。
 それを知ったのは、ある日の昼休みのこと。未琴の教室へ行こうと、廊下を歩いている時だった。目的地に近づくに連れ、聞こえてくる話し声が、未琴がそこにいることを確信させた。けれど、その話の内容に、私は足を止めてしまった。
「未琴ぉ、最近、例のあの子、真面目になったらしいじゃん。あれってホント?」
「志乃ちゃんのことでしょぉ?うん…それで少し困ってるんだよね」
 クラスの子と話しているらしい未琴。
 なんだそれ?どうして未琴が困るんだ?
 よく分からなかった。その答えは、少しして、未琴の声から得ることが出来た。
「あんな子、私の引き立て役で充分なのに」
「だよねぇ」
 あはははは、と続く、愉しそうな笑い声。
 引キ立テ役?
 私ヲ利用シテタ?
 忘れられない、屈辱感。
 そう、未琴は、私を使ってイイ子に見られるように努力していたのだ。
 イジメられっ子の味方をする、優しい女の子。とか、
 問題児でも差別しない、心の広い女の子。とかね。
 でも、私が真面目になったことで、そういった視線で見られないことに、困ってるらしい。
 私と未琴は中学からの友人だ。だから、彼女の裏の顔を知らなかったのだ。
 最近、未琴は私を問題児に戻そうと、あれこれ手を尽くし始めた。
 深夜にカラオケに誘っておいて、自分は行かず、補導員の先生に、私がカラオケボックスの前にいることを知らせていたり、未琴が自分でわざとやった不祥事を、私のせいにしたり。
 真面目に頑張る私の心を、殺そうとしているのだ。
『駆除したもん勝ち』
 今、私は、未琴を取り除くべきかどうか、そのことで悩んでいる。

fin..

2006-12-17

黒い羊小屋

二次創作では「くろひつじ」名義で活動しています。

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