短編小説/ショートショート

帰り道の猫

それは仕事を終えて、家に帰る途中のことだった。

「おい、お前」

頭上から声が降ってきた。
見上げると、太い木の枝にキジトラの猫が座っている。

「え、もしかして、今の……お前が?」

そんなバカな。
猫が人の言葉を話すなんて。

「ほかに誰がいる?」

信じられないという僕の表情など知る由もなく、猫はそう言った。

よく見れば、そいつは見知った猫だ。
近所の、おばあさんが一人で住んでいる古い一軒家の縁側でよく寝ている。
たまに玄関近くにいるので、声を時々かけたり、撫でたりしたことのある猫。

「あー……そうだね。僕に何か用?」

とりあえず仕事で疲れていたし、なんかもうよく分からないから、この状況を受け入れることにした。

「お前はこれからどこに行く?」
「家に帰るところだけど」
「そうか。おれも家に帰りたい」
「帰ればいいじゃん」
「アレが怖いから無理だ」
「アレ?」

澄ました表情の猫が視線を動かす。
つられて僕も顔を向けると、ちょうど車が通り過ぎていくところだった。

「お前、おれを連れていけ」

困った様子など微塵も見せず、猫は偉そうにそう言った。

「分かった、よ……」

そう言って猫の方に手を伸ばす。
すると、猫はあからさまに嫌そうな表情を見せ、僕の手をすり抜けると、地面に着地した。

「だっこは禁止だ」
「……あ、そう」

猫らしいというか、なんというか。
とりあえず僕は猫の住んでいる家に向かって歩き出した。
すると猫は僕の足にまとわりつきながら歩き出す。

(踏んだらきっと、理不尽に怒られる……)

僕は細心の注意を払いながら歩みを進めた。
たかだか5分もしない距離なのに、15分はかかった。

猫は玄関の近くまで行くと、

「うむ、ご苦労」

そう言って玄関の前にぺたりと座り込んだ。

そのあとは、にゃー、としおらしく鳴いてみせ、そのまま眠ってしまった。
僕はまぁいいか、と頭をかいて、帰路に着いたのだった。

初出:https://note.com/mei331/n/ncf609e432ed9

2021-02-05

引越し先の気になるところ

最近引っ越しをした。

築年数5年以内の、綺麗なマンション。
駅近で、見晴らしもよく、日当たり良好。

立地条件は申し分ないのだが、
1つだけ気になることがある。

実は水道の蛇口をひねると、
ざぁーっという水音にまじって、

死にたい、消えたい、いなくなりたい

ボソボソと聞こえてくるのだ。

手を洗うたびに、
シャワーを流すたびに、

これが延々と聞こえ続けてくるので、
また引っ越すべきかどうか悩んでいる。

初出:https://note.com/mei331/n/na5efc871b1d7

2021-02-04

拍手喝采

僕は高校に入学してすぐ、なんとなく憧れていた吹奏楽部に入った。
担当楽器はトランペット。
部内にいる人たちは、中学生の頃から続けている人が殆どだったから、僕は家に帰ってからも練習をしていた。
もちろん、自宅で大きな音を鳴らしたら怒られるので、練習場所は自宅から近い、川沿いの土手だ。

♪〜♪〜

周囲に人気はない。
しかし、1曲通して吹き終わると、どこからともなく拍手が聴こえてくる。

もちろんそれは人間の拍手ではない。

土手沿いに生えた草が、毎度タイミングよくザワザワとうるさく騒ぐのだ。
最初はネズミとか猫とか、生き物の仕業かと思ったのだが、どうにも違う。
偶然に風がそよいだ、わけでもない。
吹き終わるのを見計らったように沸き起こるので、僕はいつもこの拍手がとても嬉しかった。
それもあって、僕はいつもここで練習しているのだ。

そんなある日、いつものように土手に行くと、長く伸びていた草達が綺麗になくなっていた。
どうやら清掃活動の一環で、土手沿いの草達も刈られてしまったらしい。
なんだか残念な気持ちのまま、僕はいつものように練習を始めた。

♪〜♪♪〜

1曲吹き終わると、どこからともなくいつもの拍手が聴こえてきた。
気付けば綺麗に刈られていたはずの土手沿いの、ある一画だけ草がにょきにょき生えてきていたのだ。
僕は驚きつつも、もう1曲演奏。

♪♪〜♪〜

吹き終われば、再びの拍手喝采。
清掃活動をしてくれた人達に申し訳ないなぁと思いつつ、僕はもう1曲吹き始めた。

初出:https://note.com/mei331/n/n26ec5d7f7741

2021-02-03

死の妄想

「時々、自分が死ぬ妄想をすることがあるんだ」

僕の言葉に、向かいに座っていた従妹はさして顔色も変えず、スマホの画面を観たままだ。

「ふーん。例えば、どんな?」

「そうだなぁ。
最初は道端で突然、知らない男に後ろから刺されて、財布とか取られて、犯人が走り去る背中を見つめながら事切れる、みたいな。
そんで犯人は手がかりもなく、僕の死んだ事件が大々的にニュースになるような妄想だった」

「ほかには?」

「その次は、横断歩道を歩いていたら、信号無視した車に轢かれるんだけど、運転してたのが芸能人でワイドショーを騒がせたり、
ベランダから身を乗り出して掃除してたら、うっかり足を滑らせてマンションの9階から転落したり、
なんか、ありそうでなさそうな妄想、だよ」

気付くと従妹はスマホではなく、僕の顔を見つめながら眉をひそめていた。

「……その妄想、いつしたの?」
「え?」
「だから、マンションから落ちるってやつ」
「あー、いつだろう?」

妄想した時の日付なんて、そうそう覚えているものではない。
さすがに記憶にはなかった。

「……じゃあ、ケイスケ叔父さんの死因知ってる?」

ケイスケ叔父さん。
僕の母と従妹の父の、お兄さんに当たる人で、今日はその人の葬儀が執り行われる。
その待ち時間、こうして久しぶりにあった従妹と他愛なく話をしていたのだ。

「いや、知らない……。聞いてない、けど」
「マンションのベランダから落ちたの」
「マジで?」
「マジで」
「もしかして、掃除中に?」

従妹はコクリと頷いた。

「あと、ちょっと前にタレントのYが轢き逃げした事件の被害者はうちのお母さんの従姉妹の旦那さんらしいし、数年前に亡くなった祖母ちゃんのお兄さんも強盗殺人に遭ってる」
「え、うそ……」

知らなかった。
いやいや、でも聞いたのに忘れてたんじゃないか?
それでこんな妄想をしたとか?
んー、でもこの妄想は何年も前からしているものだし、親類がそんな死に方してたのは絶対に初耳だ。

「偶然でも気持ち悪いし、その変な癖やめてよね」
「う、うん……」

従妹に言われ、僕は確かに気持ち悪いし、妄想するのは辞めようと考えた。

だが、葬儀が終わり、自宅に帰る道すがら、またうっかり妄想してしまった。

乗り換える人間の多い今まさにいる駅で、混雑に紛れてホームに思い切り突き落とされ、そこに急行電車が走り込んできてーー。

(……なんてな)

そんなことを考えていたら、先ほど改札口で別れた従妹が、向かいのホームに立っているのが見えた。
相変わらず、スマホをじっと見つめている。
手を振ったら気付くだろうか?

その時だった。
向かいのホームに、電車の接近を告げるアナウンスが流れたタイミングで、彼女が誰かに突き飛ばされたように、その身体がポーンと宙に浮かんだのだ。

気付いた時にはもう遅かった。

僕の妄想は、現実の僕を殺さない。
どうしたら、僕は……。

初出:https://note.com/mei331/n/n8d5b03f6dd32

2021-02-02

消された側のぼくら

マンガとかでさ、よくあるじゃん。

『タイムリープ』

主人公とか主人公に近しい誰かが、特殊能力で時間を巻き戻すってヤツ。

ぼくはそれに遭遇したことがあるんだ。

それはまー、びっくりしたよ。
キズだらけになったアイツは、病室のベッドで突然
「こんなはずじゃなかった」
「ごめん」
なんて、中二病かな?って発言したから、頭も検査した方がいいんじゃないと本気で思った。

でも、アイツは泣きながら銀色のブレスレットを触った。
すると身体が眩しく光って、ぼくは眩しさに思わず一瞬目を閉じて、
そしたら、アイツは消えて居なくなってた。

意味がわからなくて、ぼくは空っぽのベッドを見つめたまま呆然としていた。
が、
何が起きたのか、それはすぐに分かった。

病室の窓から、空の向こうからやってくる大きなブラックホールが見えたからだ。
遠くに見えていた建物がどんどん吸い込まれていって、世界の消滅が始まった。

アイツは主人公で、
ぼくはその脇役にすぎなかった。

それだけのことだし、
このなんとも言えない悲しみと辛さも、
巻き戻った世界のぼくは知らない。

だから、ぼくらのことは気にしないで欲しい。

主人公たちへ、
消された側のぼくらより。

初出:https://note.com/mei331/n/n9713a2db5174

2021-02-01

晴れ時々ネコ

ある朝、ネコの鳴き声で目が覚めた。

うちにネコは居ない。
近所で時々見かけるが、そんなに多くはない。

気になって窓を開けると、よく晴れた空からネコが降っていた。

意味がわからないと思うが、オレにもよく分からない。
三毛、黒、白、キジ、茶トラ、さばトラ、、、などなどなど、
あらゆるネコが空から、
キャットタワーの上から降りてくるように軽やかに、雲を足蹴にひょいひょいと、
降ってくる。

昔、ブタが降る絵本だかなんだかあったなぁ。
それのネコバージョンかな、なんて、
寝ぼけた頭をかいた。

寝起き。
そうだ、これは夢だ。
こんな非現実的なこと、あるわけがない。

そう思ったところで目が覚めた。

やはり夢だった。

とはいえ、あのモフモフにまみれたら、
とてつもなく気持ちが良いのではないだろうか。
ブタではなくネコだったのだから、
せめて思う存分にモフッてから目覚めたかった。

そう思いながら窓を開けると、
庭を埋め尽くさんばかりにネコがいた。

辺りを見回すと、そこら中がネコだらけ。
夢じゃなかったのか?
それともまだ夢の中にいるのか?

オレは思案した後、とりあえずモフッてから考えることにした。

初出:https://note.com/mei331/n/n523820b3031d

2021-01-31

オフ会

SNSで仲良くしていた人と会うことになった。

最初は好きな音楽で意気投合したんだけど、好きな本とか食べ物とかも似てて。
お互いにオススメし合う感じになったんだ。
さらに話していたら、近くに住んでるっていうから、会ってみようって話になったわけ。

待ち合わせのカフェは、お互いに行ったこともある場所。

『先に着いたので、席とってますね』

そんな連絡がきたので、カフェに着く前からワクワクしていた。

「待ち合わせです」と言ってカフェに入る。
しかし、通された席には、誰もいない。
テーブルにはスマートフォンが置いてあるだけ。

「トイレにでも行ってるのかな?」

そう思いながらスマホを置いてある席の向かいに座る。
すると、テーブルに置いてあるスマホが突然光り、メッセージの送信画面が勝手に点いた。

そして『こ ん に ち は』と、ゆっくり表示されたのだった。

初出:https://note.com/mei331/n/nea60b33695f6

2021-01-30

イイネ

「ただ、SNSで『イイネ』が欲しかったんです。

 最初は頑張ってバイトして、
 可愛いお洋服やネイルの写真を上げて、

 『可愛いね』
 『ステキー❤️』

 って言われてたんですよ。
 構図とか、光の当て方とかも研究したから、
 すっごく盛れる写真が撮れてたと思います。

 でも、フォロワーそんなに増えないし、
 イイネも頑張って3桁って感じで。

 SNS疲れるなーなんて思ってたんですけど、
 ある日、バイト終わって帰る途中、近所のお家が燃えてたんです。
 火がすっごくて、赤とオレンジがメラメラ燃え上がってて、
 夜なのに辺りはすごい明るかった。

 気付いたら写真撮ってSNSに上げてたんです。

 そしたら、なんかすっごいイイネとかコメント来ちゃって。
 3桁やっとがあっという間に4桁とかになったです。
 フォロワーがめっちゃいるアカウントからもコメントきてて、
 すごくビックリしました。

 こんな簡単なことだったんだなーって。

 それからバイト辞めて、空いた時間は街中ウロウロしてたんです。
 なんか事件起きないかなって。
 でも、そうそう火事とか事故とか、起きないんですね。

 だからーーうん。

 なんかホント、馬鹿ですよね、私」

連続放火犯として逮捕された彼女は、そう言いながら寂しそうに笑った。

初出:https://note.com/mei331/n/n6135d0f3467f

2021-01-29

嫌なことの美味しい食べ方

嫌なことがあった日は、美味しい食パンを買ってきましょう。
そして、嫌なことを思い返しながら、パンに美味しいジャムを塗りたくるのです。

嫌な言葉で殴ってくる、アイツの顔をイチゴジャムみたいに真っ赤に染めるつもりでさ。

もしその嫌なことが、誰にも知られたくないような、恥ずかしいものだったら、
食パンに小さく報告するようにジャムを塗って、
何度も何度も折りたたんで、
ひとくちで食べるといいでしょう。

大丈夫。
食べたら誰にも見えないから。

嫌なことは、食べて仕舞えば良いのです。

初出:https://note.com/mei331/n/nac49792567e7

2021-01-28

ジンシンジコ

「ジンシンジコの影響で、ノボリ電車は運転を見合わせております」

降り立った駅で、そんなアナウンスが流れていた。
電光掲示板には、運転の再開は未定とある。

「ジンシンジコか。どのくらい見合わせるのかね」
「さぁ?せいぜい2、3日てところじゃないかしら」

周囲の会話に、どうしたものかと考える。
クダリ電車に乗っていれば、多少遠回りでも目的地に着くには着く。
するとそこへ、クダリ電車が滑り込んできた。

「クダリ電車、急行ですー。お急ぎの方はコチラ」

私は車掌さんに声をかける。

「転生駅まで行きたいのだけど、どちらが早いかしら?」

「そりゃーこのまま待っている方がいいですよ。
クダリに乗ったら、目的地まで何千年とかかりますし、せっかくノボリ電車に乗れるのですから」

頭から制帽を突き破るような立派な角を生やした赤い顔の車掌は、かかか、と明朗に笑った。

初出:https://note.com/mei331/n/n5bf3d9327626

2021-01-27

黒い羊小屋

二次創作では「くろひつじ」名義で活動しています。

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