フミキリ
学校の帰り道。
俺はひたすら不機嫌に家路を歩いていた。
いつもはこんなに、あからさまに不機嫌に歩いていたりしない。つまらない授業で拘束する学校から開放されて、学校にいたときよりも明らかに元気になっている。
それが、だ。
「たかだか偶然帰りが一緒になっただけで、明らかに不機嫌な態度は傷つくなー、牧野くん」
校門を出るまで近くに気配のなかった麻都が、校門を出たら横にいた。
「俺はお前との腐れ縁をいい加減切りたいの!」
「あははー、仕方ないじゃん。家族仲良し、家も近所、頭のレベルも近所なんだから」
「嘘付け!中学で学年のトップと争ってたくせに!なんで底辺間近の俺と同じ高校なんだよ!」
「だって疲れるじゃん」
相変わらず麻都は飄々としている。
俺は麻都が苦手だ。
小さい頃から散々お化け話で怖がらせてくれた。お陰で俺は大のお化けギライ。
酷いときは押し入れに連れ込まれ、叫ぶのも逃げ出すのも出来ない状態にされ、おっとろしい話を延々聞かされ……確か俺はグシャグシャに泣いていた。
……嫌な記憶を思いだしてしまった。帰って寝てまた封印しないと。
カンカンカンカン……
学校から少し離れた所にある踏切に差し掛かった。甲高い警報機が鳴り響き、黒と黄色のシマシマの棒が横倒しになって行く手を阻む。
立ち止まって吐き出した息が白い雲になって空に消える。冬の真っ只中。冷たい空気の中で立ち止まるのは好きじゃない。
俺はマフラーの中に口を隠し、隣で飄々としてる麻都と口を聞かないようだんまりを決めた。
こいつは怖い話しかしないんだ。耳を貸すだけで嫌になる。
「そうそう、踏切と言えば…」
俺がだんまりなので麻都が話をし始めた。
「逢う魔が時の踏切は本当にフミキリになるらしいよ」
「…は?」
あ、やべ。口きいちまった。
麻都は俺の微妙な後悔など気にも止めず話を続ける。
「フミキリは踏んでいる場所を切るって書くでしょ?確かに普通の踏切は歩いてる道を切断して時間が来たら元の道に繋ぐけど、逢う魔が時には今の道を切断してまったく別の道を繋げるんだってさ」
「…信じないぞ」
「…ちょうどそんな時間だから忠告してるのになぁ」
麻都の銀縁眼鏡がにやりと光った。
本当に勘弁して欲しい。
「つまり、この時間帯の踏切だと能力があれば別次元に行くことができるわけだ」
麻都がやたら嬉しそうだ。むかつく。人の気も知らないで。
俺は怖い話とかお化けとか嫌いだってのに、そういうのを体験しやすい。この間は狐の行列に睨まれたし。
吐き出した溜め息が白くなって空に消える。
カンカンカンカン……
上り電車はまだ踏切を通らない。
ふと顔を上げたしな、目の端に何かが見えた。
右側には頭一つ低い麻都の憎らしいほど楽しげな顔、左側には、黒い長い髪の、女。
さっきまで、顔を上げるちょっと前まで、踏切の前に立っていたのは俺と麻都だけだった。
踏切を挟んだ向こう側には車が一台停止している。
それだけの景色だったのに、突然女は姿を現した。
…人間じゃないな、こいつ。
目の端に映った女は吐く息白いこの時季に、赤の袖のないワンピース姿だったからだ。明らかに寒そうだし、ちらりと見えた足元は裸足だった。
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